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青森地方裁判所 平成3年(行ウ)4号 判決 1994年8月09日

原告

伊藤裕希

右訴訟代理人弁護士

浅石紘爾

石岡隆司

横山慶一

祐川信康

小田切達

被告

鈴木重令

右訴訟代理人弁護士

貝出繁之

五戸雅彰

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、三沢市に対し、金二四三万六七八〇円及びこれに対する平成三年六月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は三沢市の住民であり、被告は三沢市の市長である。

2(一)  個人研修旅費の支給

(1) 三沢市では、同市議会議員が、議長の旅行命令に基づいて個人研修旅行を実施した場合、年額一五万円を上限として、個人研修旅費を支給している。この支給は、地方自治法二〇三条三項及びこれに基づいて制定された「三沢市議会議員の報酬及び費用弁償に関する条例」(以下「本件条例」という)三条の「議員が招集に応じ、又は委員会に出席し、その他公務のため旅行したときは、その旅行について、費用弁償として旅費を支給する。」との規定によるものである。

三沢市は、平成二年度に、別紙一覧表記載の三沢市議会議員二〇名に対し、同表記載の研修地への研修期間分の個人研修旅費として、各一五万円(合計三〇〇万円)を、事前に支給した。

(2) 右のうち、羽立隆、西村秋男、足沢成男、河村睦美、小比類巻種松の各議員については、研修旅行の事実がなかったことが判明したため、議長の旅行命令が取消され、支給分全額(合計七五万円)が返納された。

(二)  行政視察旅費の支給

(1) 三沢市は、同市議会産業経済常任委員会(以下「産業委員会」という)に所属する坂本稔、河村睦美、足沢成男及び小高良典の四議員に対し、平成二年一〇月一四日から同月一八日まで、東京都と大阪市の中央卸売市場を行政視察するための旅費として、各一五万円(合計六〇万円)を、事前に支給した。

(2) しかし、右四議員は、旅費支給の前提となった議長の旅行命令の日程に沿った行政視察を行わず、旅行日程期間であるはずの同年一〇月一五日から同月一八日まで台湾旅行をした後、帰国の翌日である同月一九日に東京都中央卸売市場を視察しただけで、同日三沢に帰り、大阪市中央卸売市場の視察は行わなかった。

同年一二月四日ころ右事実が発覚し、議長の前記旅行命令は、日程を一〇月一八日から同月二〇日までとし、用務地を東京都のみとする内容に変更され、目的外旅行の費用として坂本議員から六万六〇六〇円、河村議員から六万五五〇〇円、足沢議員から六万五三六〇円、小高議員から六万六三〇〇円(合計二六万三二二〇円)が、支給分からそれぞれ返納された。

3  右各支給のうち返納されていない分は、次のとおり違法な公金の支出であり、三沢市はこれによって損害を被った。

(一) 個人研修旅費について

(1) 議員の個人研修旅行は、形式的には議長のなした旅行命令に基づいて行う形をとっているが、実際は、各議員が行き先・日程等を自由に定め、議長もこれを無条件に承認しているのが実態であり個々の旅行の必要性に関するチェックは全くなされていない。

また、議員は、旅行後すみやかに復命書を提出することになっているが、平成二年度について言えば、研修旅行後一か月以上経ってから提出されたのが半分以上であり、その大半は、カラ出張問題が報道されて公になった平成二年一二月中旬以降になって提出されたものである。その内容も、簡単なもので、事後のチェック機能を何ら果たしていない。

さらに、平成二年度について判明しただけでも前記2(一)(2)のとおり、カラ出張が行われており、判明した以外にも不正が行われている可能性は十分ある。その上、これらのカラ出張は、議長及び議会事務局も一体となって行われたものである。

このような実態からすると、本件個人研修旅費の支給は、各議員に年額金一五万円を定額支給しているに等しく、これは、議員に対して報酬及び費用弁償以外の支給を禁止した地方自治法二〇三条及び二〇四条の二に違反する。

(2) また、議員の本来の職務は、議会及び所属の委員会に出席し、議案の審議等に当たることであり、議員が費用の弁償(地方自治法二〇三条)を受けられるのも、議会開会中又は付議された特定の事件を常任委員会又は特別委員会が議会閉会中に審査する場合に限られる。したがって、議員個人の全く自由に委ねられる本件の個人研修は、あくまでも議員個人の活動であって、議会の活動とは無関係であるから、議員の職務とは言えず、本件個人研修旅費の支給は違法である。

(二) 産経委員会の視察旅行の費用について

前記2(二)の四議員は、当初から議長の旅行命令の日程に基づく行政視察を行う意思はなく、これとは全く関係のない台湾旅行に出掛けたものであり、行政視察に名を借りて、実際には台湾旅行を目的としていたことは明白であり、一〇月一九日の東京の市場視察は、目的外旅行という不法な意図を糊塗するための方便に過ぎない。

これらの事実からすると、右四議員らの視察旅行は、全体として旅行命令に違反したものであり、また、前記旅行命令の変更は合理的理由を欠き許されないものであるから、日程外の東京市場の視察は議員の職務とは認められず、右東京視察の費用を支給することは許されない。

したがって、支給済の全額が返還されるべきところ、前記のような一部返還がなされただけで、その余は返還が未了であるから、返還未了の分合計金三三万六七八〇円は地方自治法二四二条に定める違法な公金の支出に該当する。

4  被告の責任

右各支出は、いずれも被告の委任を受けた議会事務局長が専決処分として行った支出命令により被告が支出したものであるところ、被告には以下に述べるとおり、本件支出について責任があり、これによって生じた損害を賠償しなければならない。

(一) 個人研修旅費の支出について

前述したような個人研修制度の杜撰な運用、個人研修旅費の脱法的支給は、議会事務局も加担して長期にわたり恒常的に行われてきたもので、また、被告は、昭和五一年三月から昭和五四年三月まで三沢市議会議員を勤めており、三沢市議会における個人研修制度のあり方及び個人研修旅費の支給の実態について熟知していた。仮に、被告がこのような個人研修旅費の脱法的支給の実態を知らなかったとすれば、そのことに重大な過失がある。

したがって、被告は、被告に代わって専決処分を行うべき補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により右補助職員である議会事務局長が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったのであるから、これによって生じた損害を賠償する責任がある。

(二) 産経委員会の行政視察の旅費の支出について

被告は、前記のとおり産経委員会の行政視察が旅行命令に違反する不正なものであることが発覚したにもかかわらず、違法な公金の支出を放置しているのであって、被告にはその損害を賠償する責任がある。

5  原告は、平成三年三月一五日、三沢市監査委員に対し、個人研修費の支給及び産経委員会の四議員への旅費の支給は、違法、不当な公金の支出であるから、三沢市長に対しその損害補填を求める措置請求(地方自治法二四二条一項)をしたところ、同監査委員は原告に対し、平成三年五月一日付書面で、請求人(原告)の主張はいずれも認められない旨の監査通知をなし、右書面は翌二日原告に到達した。

6  よって、原告は、右監査結果に不服であるから、地方自治法二四二条の二第一四号により三沢市に代位して、被告に対し、三沢市が被った損害合計の内金二四三万六七八〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成三年六月八日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を三沢市に対し支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の各事実は認める。

2  同3(一)(1)の事実中、平成二年度の個人研修旅行の復命書の提出が遅れがちであったこと、平成二年度中に五名の議員についていわゆるカラ出張が行われたことは認め、その余の事実は否認する。

3  同3(一)(2)は争う。

4  同3(二)の事実は否認する。

5  同4の事実中、本件各支出行為が、いずれも被告の委任を受けた議会事務局長が専決処分として行った支出命令によってなされたことは認めるが、その余の事実は否認する。

6  同5の事実は認める。

三  被告の主張

1  個人研修旅費について

(一) 本件個人研修制度は違法ではない。

地方公共団体の議員が条例案を提出したり、条例案を適切に審理するには、類似都市との比較等が必要であり、また、地方議会議員として必要な資質の向上のためにも、議員には不断の研鑽が不可欠であり、このような研鑽は議員の職務に該当し、それに要した費用弁償も、適正なチェックのもとに当然予想されている。本件個人研修は、議員の議会活動や資質向上に資するものであり、議会活動を通じて究極的には市民へ還元されるものである。したがって、個々の旅行の必要性については議長が合理的な必要性があると認めて承認を与えており、当該議長の裁量に逸脱や濫用がない限り違法ではない。

三沢市においては、個人研修旅行に行こうとする議員が口頭で研修目的及び旅行先を議会事務局に申し出、議会事務局はそれを聴取して旅行命令様式に所定事項を記入し、これを議長に提出する際に議長に右目的等を伝え、議長はその内容を個別的に検討して、議員としての研修にふさわしいと判断したものについては承認を与え、旅行命令を出している。したがって、研修目的にはずれる内容のものについては承認を与えていない。また、個人研修旅費は一人あたり年間一五万円を上限としており、県内他都市と比較しても何ら突出しているわけではない。

また、個人研修制度を利用するか否かは議員の自主的判断に委ねられているのであるから、市が各議員に対し年間一五万円を定額支給しているものではない。

したがって、三沢市の個人研修制度は、その目的において正当であり、金額的にも適正な範囲内で、運用もほぼ適正になされてきたのであって、違法なものではなく、また、本件各支出行為も、いずれも費用弁償として市長の裁量の範囲内に属する行為であるから、公金の支出自体に違法の問題は生じない。

(二) 仮に個人研修制度が違法であるとしても、被告の支出は違法ではない。

憲法及び地方自治法は、地方公共団体の首長と議会の権限を明確に分担しており、首長は、議会の行為の違法性が一義的に明白であるような場合を除いて、原則として、住民の代表機関であり、地方公共団体の意思決定機関である議会の意思を尊重しなければならない。

本件個人研修旅費は、地方自治法に基づいた条例の基礎があり、議長から議会で定めた手続に則って旅費の請求がなされたのであるから、首長としては、当該条例及び具体的請求が内容的、手続的に一見して違法であることが明らかな場合は別として、議会の意思を尊重しなければならない。

また、被告は、本件各支出に全く関与していないのであって、被告が責任を負うことはない。

2  産経委員会における行政視察の旅費の支出について

本件で問題となっている四人の委員は全員当初の予定より一日遅れで東京市場を視察しているところ、行政視察の時期の変更については、特に変更した結果が不当であり、変更を不可とする理由がない限り、当該委員会の判断を尊重すべきであるから、本件での東京市場視察分についての旅費の支給は何ら違法ではない。

第三  証拠

本件記録中の証拠目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがない(なお、甲二四の六、七、一〇、一八及び証人小高の証言によれば、産経委員会の視察旅費として、当初二(二)の四議員のほか、堤喜一郎議員の旅費一五万円も支給されたが、同議員は視察に行かなかったため、一〇月二三日に右旅費を返納したと認められる。)。

二  そこで、まず、本件個人研修旅費の支出の違法性について判断する。

1  右争いのない事実及び証拠(甲九、一〇の各一ないし四、一一、一二の各一ないし六、一三の一ないし八、一四の一ないし六、一五の一ないし七、一六の一ないし五、一七ないし一九の各一ないし七、二〇の一ないし一四、二一ないし二三各一ないし七、二五の一ないし八、二六の一ないし一二、二七、乙一、証人畑山松男、同坂本稔、同高松治及び同小高良典の各証言)によれば以下の各事実が認められる。

(一)  本件個人研修制度は、昭和五五年以前から三沢市で実施されていたもので、昭和五五年ころの議会の各派交渉会で、議員一人当たりの一年間の個人研修旅費の上限が一五万円と定められた。

(二)  本件個人研修旅費は通常以下のような手順で各議員に支給されている。

(1) 個人研修旅費の支給を受けようとする議員は、議会事務局または議長に対し、個人研修旅行の研修先や目的、日程等を口頭で告げ、議会事務局ではこれに基づいて旅行命令書を作成して議長の決裁を受ける。

(2) 議長が旅行命令の決裁をすれば、議会事務局において個人研修旅費についての支出命令書が作成され、議会事務局長が最終的に決裁し、三沢市会計課から、概算払という形で旅行前に旅費が各議員に支給される。右旅費には、鉄道、航空運賃や宿泊料のほか日当も含まれている(甲九の三など)。

(3) 議員は、右研修旅費を受領して個人研修旅行へ行き、旅行から帰るとその旨を議会事務局に報告し、その時点で旅費の精算が行われる。

(4) 個人研修旅行に行った議員は、復命書を作成して、議会事務局に提出し、事務局長及び議長の決裁を受ける。

(三)  ところで、前記(1)の旅行命令書には、旅行の出発日と帰庁日、用務地として○○市などと記載されるだけで具体的な研修目的、訪問予定の施設などは全く記載されていない。議長は、この記載のほか、議会事務局が議員から聴取している内容から、議会活動に反映される範疇にある場合は、旅行命令の決裁をするが、平成二年度中には、議員の個人研修旅行の申請が不許可となったことはなかった。

また、平成二年度の個人研修旅費については全て、旅費請求の段階で一五万円以上の金額が請求され、概算払で上限の一五万円が各議員に支給されたため、精算段階で具体的に精算が行われることはなかった。

さらに、前述のとおり、各議員は研修旅行から帰ると復命書を提出することになっているが、平成二年度の個人研修旅行の復命書はそのほとんどが、旅行先の都市の概要などが簡略に記載されているだけで、その都市のどのような施設を訪問してどのようなことを見聞したかについては具体的に記載されていない上、復命書の多くは、個人研修旅行から帰って来てから、かなりの日数が経ってから提出されている。

2  以上を前提に、本件個人研修旅費の支出の違法性について判断する。

(一)  まず、地方自治法二〇三条三項の「職務を行うため要する費用」の解釈をめぐる行政実例においては、議会閉会中に常任委員会が招集されても、議会の議決による付託のない限り、招集に応じた議員には旅費の支給ができないとされている(甲八記載の昭和二七・四・二四地自行発一一一号、小樽市議会事務局長宛行政課長回答、昭和三三・五・七自丁行発八一号、群馬県議会事務局長宛行政課長回答)。しかるに、本件研修旅費は、いずれも市議会閉会中の個人的な研修旅行を支給事由とするから(乙二の二及び証人高松により認められる平成二年度の三沢市定例市議会の会期並びに弁論の全趣旨)、右行政実例に照らすと、費用弁償としての旅費の支給をしてはならないことになろう。しかし他方、その支給根拠である本件条例三条一項は、「議員が招集に応じ、又は委員会に出席し、その他公務のため旅行したときは、その旅行について、費用弁償として旅費を支給する。」と規定し、費用弁償の支給事由を、議会閉会中の委員会の出席や公務旅行に限定していないこと、この規定が「費用弁償の支給方法を明確にする」との提案理由の下で昭和四五年の三沢市議会において可決されたこと(乙二の七)、議員の個人研修旅費は、予算及び決算書における支出科目としては「旅費」として計上され、その内訳の中で「費用弁償」と「議員研修旅費」が区別されていること(甲九の一等の旅行命令書の「旅費支出科目」欄及び甲三二、三三を対照)を併せ考えると、三沢市議会においては、右行政実例上の「費用弁償」よりも広く「公務のための旅行」であれば実費弁償することが許されるとの解釈に立って本件条例三条一項を定め、これも地方自治法二〇三条の費用弁償たる「旅費」として支給してきたものと解され、本件個人研修旅費もこのような根拠で支給されたものと解される(「旅費」の内訳の中で「費用弁償」と「議員研修旅費」を分けているのは、予算執行上の便宜のためにすぎないと考えられる)。

そして、いかなる事由を地方自治法二〇三条にいう費用弁償の支給事由として定めるかについては、費用弁償に関する条例を定める当該自治体の議会の裁量判断にゆだねられ、行政実例上の解釈に拘束されるものではないと解されるところ(最判平成二年一二月二一日民集四四巻九号一七〇六頁)、後記(二)に詳述するとおり、個人の研修旅行であっても、議員が見聞を広めることによって議会活動能力が高まると考えることには合理性があるから、「公務のための旅行」と議会が認めたものを費用弁償の支給事由とすることは、地方自治法二〇三条により三沢市議会に与えられた裁量権の範囲を越え又はそれを濫用したものとみることはできない。

(二)(1)  ところで、地方公共団体の議会は、条例の制定、予算の議決等地方行政全般について重要かつ広範な権限を有しており、このような権限を適正に行使するには議会の構成員である各議員の不断の調査研究、研鑽が要請されるところ、その一環として各議員が他の地方公共団体における実情等を調査、研究することは有効かつ有益であるものと認められる。したがって、各議員による他の自治体の実情等の調査・研究を目的とした旅行を公務のための旅行と認め、そのために要した費用を適正な範囲内で市が負担する制度を設けることは、その制度が特に不当かつ不合理であるなどの特段の事情が存在しない限り、実質的にも違法とはいえない。

そして、本件で問題となっている三沢市の議員個人研修制度は、一人当たり年間金一五万円を限度として個人研修旅行に要した費用を市が負担するというものであり、そのこと自体特に違法なものとは認められない。

(2) しかし、前記認定のとおり本件個人研修旅費の支出に際しては、研修の目的、旅行先、訪問施設などにつき、その必要性、合理性についての実質的なチェックはほとんどなされておらず、どんな目的でどの自治体を訪問し、具体的にどのような施設を視察するかについては、各議員の自由な裁量に委ねられているのがその運用の実情である。また、個人研修旅行の復命書についても、ごく簡略で実際に研修旅行に行かなくても作成できるような内容のものが多く、個人研修旅費の支給を受けた各議員が、本当に目的地に赴き議員の活動に有益な視察等を行ったかについても実質的なチェックはほとんどなされていない。現に、本件で問題となっている平成二年度において、個人研修費の支給を受けながら旅行には行かなかったといういわゆるカラ出張の事例も数例発覚している。

このように、本件個人研修制度は、その運用においてある程度杜撰な面があったことは否定できないが、前述したように地方公共団体の議会の権能は広範にわたるものであり、これを適正に行使するための各議員の調査・研究活動も多岐にわたるものと考えられるから、議員が個人研修旅行を行う場合についても、その視察目的や視察先等が議員のある程度自由な裁量に委ねられるのはやむを得ない。

また、地方議会の議員は、一般の職員と異なり、住民の直接選挙によって選ばれ、住民の直接請求によってこれを解任することもできるなど、各議員の活動に対しては民主的コントロールが及ぶことが予定されているのであるから、議員が個人研修制度を利用していかに有効かつ有益な調査・研究を行ったかという点についての判断は、基本的には住民に委ねられるべきものと考えられる。したがって、本件個人研修旅費の支給について、チェック体制が不十分であることが一因となって一部の議員によるカラ出張が行われたとしても(なお、本件においては、発覚した以外にもカラ出張が存在するとの事実を認めるに足りる証拠はなく、また、カラ出張が議長及び議会事務局も一体となって行われたとの事実を認めるに足りる的確な証拠もない。)、それはまず当該議員自身の良識・モラルの問題として解決されるべきであり、そして最終的には選挙等による住民の民主的コントロールによって解決されるべきものであって、右の運用の実情のみから直ちに本件個人研修制度自体が違法となるものとは断じ難い。

(三)  以上の次第であるから、本件個人研修制度自体が違法なものとまでは認められず、したがって議員に定額を支給しているものとも認められないから、本件個人研修旅費の支出が違法であるとする原告の主張は採用できない。

三  次に産経委員会の視察旅行費の支出の違法性について判断する。

1  証拠(甲二四の一ないし二三、証人畑山松男、同坂本稔、同高松治及び同小高良典の各証言)によれば以下の各事実が認められる。

(一)  三沢市では、議会の常任委員会の行政視察の旅費として議員一人当たり一五万円を上限として支給することになっており(甲二四の一ないし四、三二、三三及び証人坂本の証言によれば、この行政視察旅費も、予算及び決算においては、個人研修旅費と同様、「旅費」の支出科目の内訳の「議員研修旅費」として計上される。)、その視察内容は当該委員会で決定し、議会事務局の方で訪問先の施設などとコンタクトを取るとともに、事務局の係員が随行して視察旅行に同行するのが通例であった。

(二)  平成二年度、産経委員会(請求原因2(二)(1)の四議員及び出戸、堤の両議員の合計六名が所属)では、視察旅行として台湾へ行くことを計画していたところ、当時の市議会議長より、議会の慣習として常任委員会の視察旅行で海外に行くことはできないという理由でこれを中止するように同委員会委員長の坂本稔(以下「坂本」という)に申し入れがあった。このため、出発予定日の数日前、坂本及び産経委員会の委員らが、議長と話し合ったが、結局、常任委員会の視察旅行として台湾へ行くことは認められないとの結論になった。このため坂本らは、既に台湾旅行の日程を組んでいたこともあって、産経委員会の視察旅行としてではなく個人として台湾旅行に行くこととした。これに対して議長は、後述のとおり、既に東京・大阪を用務地として産経委員会の行政視察の旅行命令が発令されていたことから、東京・大阪の視察はきちんと行うように要請した。

(三)  産経委員会の行政視察の旅行命令は、議長により同年九月二八日に発せられており、その内容は、同年の一〇月一四日から同月一八日までの日程で東京都と大阪市の中央卸売市場を視察するというものであった。そして、東京都・大阪市の市場の具体的な視察日程も定められ(往路は三沢から東京まで鉄道、復路は東京から三沢まで航空機、甲二四の八)、同年一〇月九日には、旅費の概算払いとして一人当たり一五万円が支給された。

(四)  坂本ら四名の産経委員会所属の議員及び随行員である議会事務局の小向係長の計五名は同年一〇月一四日に三沢を出発し、翌一五日に東京に到着した。その後四名の議員は台湾に向かい、台湾で視察等を行った後、同月一八日に帰国し、翌一九日に東京都中央卸市場太田市場及び築地魚市場を視察したが、大阪市の市場を視察することなく、同日中に三沢に帰った。他方、随行係員である小向係長は四名の議員が台湾へ行っている間に、坂本の指示により大阪に赴き、大阪市の市場視察を行った後、一九日に、帰国した四名の議員らと東京で合流し、東京市場を視察して同日三沢に帰った。

(五)  三沢に帰った後、小向係長は視察旅行の復命書を作成し、坂本が内容を確認した上、同年一一月一日ころ議長に提出し、決裁を受けた。右復命書には、坂本ら四名の議員が、旅行命令どおりに一〇月一五日から同月一七日まで、東京布場及び大阪市場を視察したかのような内容が詳細に記載されていた。

(六)  その後、同年の一二月四日、議会において、産経委員会が旅行命令に違反して大阪市場の視察を行わずに実際には台湾へ行っていたことが指摘されたため、議長は前記旅行命令を変更し、変更によって生じた差額について各議員に返還させた。また、復命書についても、実際の視察日程に合わせたものが提出された。

2  以上の事実からすると、産経委員会では当初、台湾を用務地とする行政視察旅行を申請しようとしたが、議会の慣例上常任委員会の視察旅行では外国には行けないということであったので、取り合えず視察先を東京都と大阪市の市場とした旅行命令を出してもらい、これによって旅費の支給(議員一人当たり金一五万円)を受けた上で、右旅行命令で定められた日程に違反して台湾に視察に行き、その帰りに東京市場の視察をしたものと認めるのが相当である。証人小高の供述中には、随行の小向係長が、大阪市場の視察のために宿泊の手配をした旨の供述もあるが、結局は大阪へは出向かなかったこと、東京市場の視察は台湾から帰国した日の翌日だけで、同日中に三沢に帰っていること、台湾の旅費にあてるため、取り合えず旅費が必要であった旨の坂本証言を総合すると、産経委員会による東京市場の視察は、台湾旅行を行ったことを糊塗するための手段としてなされた甚だ形式的なものに過ぎず、もはや議員の適正な職務行為とは認められないから、東京市場視察のための費用を支出したことは違法と言わざるを得ない。

四  そこで、産経委員会の視察旅行費の支出についての被告の責任について判断する。

1  まず、本件視察旅行費の支出は、被告の委任を受けた議会事務局長が専決処分として行った支出命令によって支出したことは争いがなく、被告自身は本件支出行為には直接関与していない(乙五)。

ところで、前記認定した事実によると、本件産経委員会の視察旅行費は、議長の発した旅行命令に基づいて支給されたもので、後になってから産経委員会所属の議員らが旅行命令に違反して台湾へ行った事実が発覚したのである。とすると、特段の事情のない限り、被告としては、事前に違法な支出行為がなされることを知らず、知らなかったことについて過失はなかったものと認めるのが相当である。したがって、本件においては、被告が、専決を任された補助職員である議会事務局長が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により右補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったものとは認められず、本件支出行為について被告に対して責任を問うことはできないというべきである。

2  次に原告は、被告が違法な公金の支出を放置している点をとらえて被告には責任がある旨主張する。

前述のとおり、本件においては議長が東京市場の視察を公務として認め、旅行命令を変更した上で大阪市場の視察にかかる費用のみを返還させることにする旨決定したものであるところ、議会は住民の直接選挙で選ばれた議員によって構成されており、また、地方公共団体の首長と議会は基本的には対等の関係にあることからすると、首長としては、議会の行為が一見して明白に違法であるなどという場合を除いて、原則として議会の意思を尊重すべきものと解するのが相当である。そして本件では、現実に東京市場の視察はなされており、また、被告市長としては、前記認定したように東京市場の視察が台湾旅行をしたことを糊塗するための手段としてなされた形式的なもので、議員の適正な職務行為とは言えないものであることまでは知りえなかったものと認められるから、議長の採った措置が明白に違法であるものとは認められず、被告市長が議長の採った措置にしたがい東京市場視察にかかる費用の返還を求めなかったからといって、被告に対して損害賠償責任を問うことはできないものと解される。

3  以上の次第であるから、本件では、東京市場視察のための費用の支出は違法であるが、市長である被告には責任がないといわざるを得ないから、現に視察にかかる費用の交付を受けた議員らに右費用の返還を求めることは格別、市長に対して右費用の賠償を求めることは許されない。

五  よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官片野悟好 裁判官中島肇 裁判官柴山智)

別紙一覧表<省略>

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